Konzentrationslager Columbia

2018年8月20日 Aufzeichnungen

コロンビア強制収容所(KZ Columbia)

Königin Augusta Garde-Grenadier-Regiment Nr.4の兵舎を1896年、軍刑務所としてに改築。【Strafgefängnis  Tempelhofer Feld】と呼ばれ、134室の監房と10室の尋問室と警備室があり、軍事警察署として建設された。第一次世界大戦後、軍の刑務所は警察の刑務所に改築され、1920年代後半から1929年まで空になった。

ナチスがColumbia-Hausとして知られていたこの建物を刑務所として活用してしだすと、1933年7月、80人の男性が投獄、1933年9月までに400人の囚人が収容された。1934年2月には450人収容という過密状態になった。この期間SS-Oberführer(上級指導者) Max HenzeとSS-Truppführer(小隊指導者) Othmar Toiflの監督下で、【SS Section III Berlin-Brandenburg】のSS隊員監視している。

1934年8月1日よりSS-Sturmbannführer(大隊指導者) Walter Gerlachが収容所長となる。
12月、収容所長がSS-Oberführer(上級指導者) Alexander Reinerに交代。副官にHans Schmidt。
12月27日、管轄がテオドール・アイケ(Theodor Eicke)の強制収容所監視官(Inspekteur der Konzentrationslager) (本部はザクセンハウゼン強制収容所のT-building)にうつされた。
1935年1月8日、ラインハルト・ハイドリッヒは、Columbia-Hausを、コロンビア強制収容所が正式名称として採用されると発表した。

1935年にカール・オットー・コック(Karl Otto Koch)が指揮官に任命された。4月1日に収容所に新設された警備隊【SS-Wachtruppe Oranienburg-Columbia】を【SS-Wachverband Brandenburg】と改名。155人のSS隊員と39人のSS候補者が在籍。5月末までに隊員は273人のSS隊員と64人のSS候補者と拡張。
1936年から警備隊は【SS Totenkopfverband Brandenburg】と命名され420人が在籍。
ベルリン・テンペルホフ空港の拡張のために1936年に閉鎖決定。
4月1日、カール・オットー・コックは指揮官として【KZ-Esterwegen】に移動。
後任はSS-Oberführer(上級指導者) Heinrich Deubel。
8月、捕虜をザクセンハウゼン強制収容所に移送開始。
1936年9月22日Max Koegelが強制収容所長代行
1936年10月に解散されたとき、治安部隊は531人のSS隊員と30人の士官が勤めてた。

1948年より警察本部として使用されている。

=Erinnern=
=Gedenken=
=Mahnen=

Das Columbia-Haus war
ab 1933 Gefängnis und
vom 8.1.1935 bis zum 5.11.1936
ein Konzentrationslager der
nationalsozialistischen Machthaber

Hier wurden Menschen
gefangengehalten
entwürdigt
gefoltert
gemordet

Richard Baer (KZ Auschwitz und KZ Mittelbau)

Max Koegel (Frauen-KZ Ravensbrück)

Albert Sauer (KZ Riga-Kaiserwald)

Theodor Dannecker