陸軍総司令部(OKH)

182月 - による conmo3 - 0 -

兵務局(Weimarer Republik Truppenamt)

兵務局長
ハンス・フォン・ゼークト少将(Hans von Seeckt [1919年10月1日-1920年3月26日])
ウィルヘルム・ハイ少将(Wilhelm Heye[1920年3月28日-1923年2月])
オットー・ハッセ少将(Otto Hasse[1923年2月-1925年10月])
ゲオルク・ウェッツェル少将(Georg Wetzell[1925年10月-1926年12月])
ヴェルナー・フォン・ブロムベルク少将(Werner von Blomberg[1927年1月-1929年9月30日])
カート・フライヘル・フォン・ハマースタイン・エクコード中将(Kurt Freiherr von Hammerstein-Equord[1929年10月1日-1930年10月31日])
ウィルヘルム・アダム少将(Wilhelm Adam[1930年10月31日-1933年9月30日])

T 1 「国防省(Abteilung Landesverteidigung)」配備および運用部門
T 2 組織
T 3 「軍統計局(Heeresstatistische Abteilung)」外国の軍隊の研究
T 4 教育
陸軍教育部長:ヴァルター・ヴェーファー(Walther Wever[1931年-1933年9月1日、新設のドイツ航空省に出向])

1935年のヴェルサイユ条約破棄・再軍備宣言と共に兵務局の名称は堂々と参謀本部に戻される。

陸軍総司令部(Oberkommando des Heeres:OKH)

陸軍総司令官 (Oberbefehlshaber des Heeres:OBdH)
ヴェルナー・フォン・フリッチュ上級大将([1935年-1938年])
ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ元帥([1938年2月4日-1941年12月19日[)
アドルフ・ヒトラー([1941年12月19日-1945年4月30日])
フェルディナント・シェルナー元帥([1945年4月30日-1945年5月8日])

▷▶︎参謀本部
総長:ルートヴィヒ・ベック上級大将(Ludwig Beck[1935年-1938年8月18日])
:フランツ・ハルダー上級大将(Franz Halder[1938年9月1日-1942年9月24日])
:クルト・ツァイツラー上級大将([1942年9月-1944年7月])
:アドルフ・ホイジンガー中将参謀総長代行(Adolf Heusinger[1944年6月10日-7月21日])
:ハインツ・グデーリアン上級大将([1944年7月-1945年3月])
:ハンス・クレープス大将([1945年3月-1945年5月1日])
▷▷▶︎第一部(Oberquartiermeister I)
部長(参謀本部次長):フランツ・ハルダー中将([1936年8月2日-1937年8月27日])
部長(参謀本部次長):カール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル歩兵大将([1937年8月27日-1940年12月20日])
参謀次長:エドゥアルト・ヴァーグナー砲兵大将([])
▷▷▷▶︎第一課(作戦課)
課長:アドルフ・ホイジンガー大佐(Adolf Heusinger[1940年10月-1944年7月20日])
▷▷▷▶︎第五課(輸送)
▷▷▷▶︎第六課(補給)
▷▷▷▶︎第九課(地図・測量(Chef Wehrmacht-Kartenwesen))
課長:アドルフ・ホイジンガー中将(Adolf Heusinger[1945年3月-])
▷▷▷▶︎第十課(築城)
▷▷▶︎第二部(Oberquartiermeister II)
▷▷▷▶︎第四課(教育・訓練)
▷▷▷▶︎第十一課(将校教育)
▷▷▶︎第三部(Oberquartiermeister III, Stapf)
部長:
▷▷▷▶︎第二課(編制)
課長:ヴァルター・ブーレ([])
課長:ヘルムート・シュティーフ少将([1942年-])
副官:アルブレヒト・フォン・ハーゲン予備役中尉([])
副官:ベルンハルト・クラムロート中佐([])
▷▷▷▶︎第八課(技術)
▷▷▶︎第四部(Oberquartiermeister IV)
部長:クルト・フォン・ティッペルスキルヒ少将([1938年10月-])
▷▷▷▶︎第三課(西方外国軍)
課長:アレクシス・フォン・レンネ大佐([])

陸軍参謀本部第三課長(外国陸軍および駐在武官担当)
カール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル(Carl-Heinrich von Stülpnagel[-1938年])

▷▷▷▶︎第十二課(東方外国軍)
課長:エーベルハルト・キンツェル([])
▷▷▷▶︎駐在武官課(Attache)
課長:フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・メレンティン([])
▷▷▶︎第五部(Oberquartiermeister V)
部長:ヴァルデマール・エアフルト([])
▷▷▷▶︎第七課(戦史・記録)
▷▷▶︎陸軍大学(Kriegsakademie)クルト・リープマン([])

▷▶︎人事局(Heerespersonalamt[-1944年国内予備軍])
局長:(Joachim von Stülpnagel[-1931年12月31日])
:ボーデヴィン・カイテル少将(Keitel[])
:ヴィルヘルム・ブルクドルフ中将(総統副官兼務1944年10月-)
次長:ヴィルヘルム・ブルクドルフ少将([1942年10月-])
▷▷▷▶︎第二部
部長:ヴィルヘルム・ブルクドルフ中佐([1942年4月-])

▷▶︎兵器局(Heereswaffenamt:HWA)
局長:ルートヴィッヒ・ヴルツバヒャー中将(Ludwig Wurtzbacher[1919年-1925年])
:フォン・ボッツハイム男爵少将(Freiherr von Botzheim[1926年])
:マックス・ルートヴィッヒ中将(Max Ludwig[1926年-1930年])
:アルフレート・フォン・フォラート=ボッケルベルク中将(Alfred von Vollard-Bockelberg[1931年-1933年])
:クルト・リーゼ(Kurt Liese[1933年12月1日-1938年2月28日])
:カール・ベッカー砲兵大将(Karl Becker[1938年3月1日-1940年4月8日])
:エミール・レープ(Emil Leeb[1940年4月16日-1945年2月1日])
:ヴァルター・ブーレ歩兵大将(Walter Buhle[1945年2月1日-1945年5月8日])
▷▷▶︎幕僚部
▷▷▶︎中央部(Amtsgruppe Zentralaufgaben)
部長:
▷▷▶︎開発・試験部(Amtsgruppe Entwicklung und Prüfwesen)
部長:
▷▷▶︎技術部(Amtsgruppe Chefingenieur)
部長:
▷▷▶︎工業生産部(Amtsgruppe Industrielle Rüstung Waffen und Gerät)
部長:
▷▷▶︎弾薬量産部(Amtsgruppe Industrielle Rüstung Munition)
部長:カール・ベッカー([1932年])
▷▷▶︎審査部(Amtsgruppe Abnahme)
部長:
▷▷▶︎ロケット部(Amtsgruppe)
部長:ヴァルター・ロベルト・ドルンベルガー(Walter Robert Dornberger[1936年])

▷▶︎国内予備軍
司令官(Chef der Heeresrüstung und Befehlshaber der Ersatzheeres):
ヨアヒム・フォン・シュテュルプナーゲル(Joachim von Stülpnagel[1939年-1939年])
フリードリヒ・フロム上級大将(Friedrich Fromm[1939年9月1日-1944年7月20日])
参謀将校:クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク大佐([])
シュタウフェンベルク大佐副官ヴェルナー・フォン・ヘフテン(Werner von Haeften[])
参謀将校:リッター・アルブレヒト・メルツ・フォン・クヴィルンハイム大佐([])
参謀将校:ジークフリート・ヴァーグナー大佐([])
参謀将校:ウルリヒ・フォン・エルツェン少佐([])

▷▷▶︎国防軍一般局(Amtsgruppe Allgemeine Wehrmachtangelegenheiten:OKW)
局長フリードリヒ・オルブリヒト歩兵大将(Friedrich Olbricht[1940年2月-国防軍最高司令部国防予備局長1943年])
副官:フリッツ・フォン・デル・ランケン中佐([])
▷▷▶︎兵器局(Heereswaffenamt)
▷▷▶︎主計局(Heeresverwaltungsamt)がその隷下にあった。
▷▷▶︎人事局(Heerespersonalamt)(1944年より)
▷▷▶︎管理局
▷▷▶︎補充局長:フリードリヒ・フロム上級大将国内予備軍司令官兼務([1939年9月-])
▷▷▶︎各種兵監部
▷▷▷▶︎装甲兵総監(Inspekteur der Schnelltruppen)ハインツ・グデーリアン([1943年3月1日-])
▷▷▶︎兵士訓練部
▷▷▶︎将校教育部
▷▷▶︎各軍集団