ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)

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ナチス強制収容所の元看守に逮捕状、ユダヤ人大量殺害に関与の疑い

2009年03月12日 17:44 発信地:ベルリン、ワシントンD.C./その他

イスラエル・エルサレムの裁判所に出廷した、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所で看守をしていたJohn Demjanjuk被告(当時、1992年6月8日撮影)。(c)AFP/PATRICK BAZ
看守当時のデミャニュク 1943年

【3月12日 AFP】ドイツ・ミュンヘン(Munich)の裁判所は11日、第2次世界大戦中にナチス(Nazi)の強制収容所で看守をしていたジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)氏(88)に対し、ユダヤ人数万人の殺害に関与した疑いで逮捕状を発行したと発表した。

ウクライナ出身で1952年から米国に在住するデムヤンユク容疑者は、すでにイスラエルで戦争犯罪に問われて裁判にかけられ死刑判決を受けたが、その後、同国最高裁が証拠不十分として判決を覆している。

ミュンヘンの裁判所は声明で「容疑者は現在、米国に在住しているが、ドイツに到着次第、尋問し、起訴することになる」と発表した。

ドイツの検察当局の発表によると、「イワン雷帝」の異名で恐れられていたデムヤンユク容疑者は、1943年3-9月の間、現在のポーランドにあるソビブル(Sobibor)絶滅収容所で看守を務め、少なくとも2万9000人のユダヤ人殺害に関与した疑いがあるという。

ナチス戦犯はドイツの検察機関「ナチス戦犯追及センター(Fahndungsstelle fuer NS-Verbrechen)」が1958年以来、継続的に追跡してきた。

米司法省は同日、ドイツ政府によるデムヤンユク容疑者の訴追を支持する意向を示した。同省の報道官はAFPに対し、「米政府はこの件について、ドイツ司法当局と緊密に連携しており、今後も協力を続ける」と述べた。

ただし、デムヤンユク容疑者の身柄をドイツに引き渡すかについては明らかにしなかった。(c)AFP

米裁判所、ナチス戦犯の元看守に米滞在認める判決

2009年04月05日 11:01 発信地:ワシントンD.C./米国

【4月5日 AFP】第2次世界大戦中にナチス(Nazi)の強制収容所で看守を務めユダヤ人数万人の殺害に関与した疑いで訴えられていたジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)に対し、米バージニア(Virginia)州の移民判事は3日、同氏の米国滞在を認める決定を下した。同容疑者は現在、米オハイオ(Ohio)州に在住している。

移民判事によると、同件についての調査が行われている間、デムヤンユク容疑者は引き続きオハイオ州の自宅での滞在を許可されるという。

同容疑者はナチス戦犯の大物の1人。第2次世界大戦中、現在のポーランドにあるソビブル(Sobibor)絶滅収容所で看守を務め、約2万9000人のユダヤ人殺害に関与した疑いがあるとして指名手配されている。

米当局は、デムヤンユク氏が移民申請書に虚偽の内容を記載したとして本国送還する方針を明らかにしている。一方、弁護団は同氏が高齢であることを考えると、到着後すぐに身柄を拘束されるとみられるドイツへの送還は一種の拷問だと主張している。

同氏はイスラエルで戦争犯罪に問われて裁判にかけられ1988年に死刑判決を受けたが、その後、同国最高裁が証拠不十分として判決を覆した。2002年には米国籍を剥奪された。ドイツの裁判所は09年3月、同氏に逮捕状を発行している。(c)AFP

第2次世界大戦中にナチスの強制収容所で看守を務めユダヤ人数万人の殺害に関与した疑いでイスラエルで裁判にかけられるJohn Demjanjuk氏(1988年4月25日撮影)。(c)AFP/SVEN NACKSTRAND
イスラエルのテルアビブから米ニューヨークに向かうエルアル・イスラエル航空機内のJohn Demjanjuk氏(左、1993年9月22日撮影)。(c)AFP
イスラエルのテルアビブから米ニューヨークに向かうエルアル・イスラエル航空機内で朝食を取るJohn Demjanjuk氏(1993年9月22日撮影)。(c)AFP/MENAHEM KAHANA

ナチス戦犯のドイツ送還中止の申し立て、米最高裁が却下

2009年05月08日 12:07 発信地:ワシントンD.C./米国

イスラエル・エルサレムの裁判所で1988年に死刑判決を受けた後、1993年に同国最高裁が証拠不十分として無罪判決を下した、ナチス戦犯のジョン・デムヤンユク被告(当時、1993年7月29日撮影)。(c)AFP/MENAHEM KAHANA

【5月8日 AFP】(一部更新)米連邦最高裁のジョン・ポール・スティーブンス(John Paul Stevens)判事は7日、第2次世界大戦中にナチス(Nazi)強制収容所の元看守で、米オハイオ(Ohio)州在住のジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)から出されていたドイツへの身柄引き渡しを差し止める申し立てを却下した。

同容疑者はこれを不服として、最高裁の大法廷に抗告することができる。デムヤンユク容疑者は、ユダヤ人数万人の殺害に関与した疑いで独当局が逮捕状を発行している。(c)AFP

ナチス戦犯の元看守、ドイツに強制移送 米国

2009年05月12日 11:49 発信地:セブンヒルズ/米国

【5月12日 AFP】(一部修正)第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守で、ドイツの裁判所から逮捕状が出ている、米オハイオ(Ohio)州在住のジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が11日、ドイツに強制移送された。
 デムヤンユク容疑者は担架に乗せられ、自宅から民間の救急車で運び出された。その際、同容疑者は泣いているように見えた。自宅からの移送は4人の係官によって行われたが、大きなシートが掲げられ周りからは見えないような措置が取られた。
 消息筋によると、同容疑者が乗せられた独ミュンヘン(Munich)行きの飛行機は、クリーブランド(Cleveland)のバーク・レイクフロント空港(Burke Lakefront Airport)から午後7時13分(日本時間12日午前8時13分)に飛び立った。
 デムヤンユク容疑者の家族は同日、コメントは発表しない意向を示した。また、米当局もコメントを避けている。一方、あるドイツ当局者は、デムヤンユク容疑者は12日にドイツに到着する予定だと語った。
 同容疑者の家族はこの数か月、高齢のため長距離の移動は耐えられないと主張し、米裁判所に国外追放の差し止め請求を多数起こしていたが、7日に米最高裁が身柄引き渡しの差し止め請求を棄却していた。
 有力ユダヤ人組織「世界ユダヤ人会議(World Jewish Congress)」は、同容疑者の強制移送を歓迎する姿勢を示した。同会議のロナルド・ローダー(Ronald Lauder)議長は、「米国の司法の手が成功裏かつ正当に、憎むべきナチスの迫害者に対し正義を実行した。米国のユダヤ人社会、特にホロコーストの生存者は、われわれの社会からこの恥ずべき人物が排除されたことを歓迎する」と語った。(c)AFP/Dick Russ
米オハイオ州セブンヒルズで、ジョン・デムヤンユク容疑者を乗せ同容疑者の自宅を出発する救急車(2009年5月11日撮影)。(c)AFP/Stefan HLABSE
米オハイオ州セブンヒルズにあるジョン・デムヤンユク容疑者の自宅で、自宅前に停車する救急車にスーツケースを運び入れる警察官(2009年5月11日撮影)。(c)AFP/Stefan HLABSE
米オハイオ州セブンヒルズにあるジョン・デムヤンユク容疑者の自宅前で、カメラを構える報道陣と警備の警察官(2009年5月11日撮影)。(c)AFP/Stefan HLABSE
米オハイオ州セブンヒルズにあるジョン・デムヤンユク容疑者の自宅前に停められた救急車(2009年5月11日撮影)。(c)AFP/Stefan HLABSE

【5月12日 AFP】(一部修正)第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守で、ドイツの裁判所から逮捕状が出ている、米オハイオ(Ohio)州在住のジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が11日、ドイツに強制移送された。

デムヤンユク容疑者は担架に乗せられ、自宅から民間の救急車で運び出された。その際、同容疑者は泣いているように見えた。自宅からの移送は4人の係官によって行われたが、大きなシートが掲げられ周りからは見えないような措置が取られた。

消息筋によると、同容疑者が乗せられた独ミュンヘン(Munich)行きの飛行機は、クリーブランド(Cleveland)のバーク・レイクフロント空港(Burke Lakefront Airport)から午後7時13分(日本時間12日午前8時13分)に飛び立った。

デムヤンユク容疑者の家族は同日、コメントは発表しない意向を示した。また、米当局もコメントを避けている。一方、あるドイツ当局者は、デムヤンユク容疑者は12日にドイツに到着する予定だと語った。

同容疑者の家族はこの数か月、高齢のため長距離の移動は耐えられないと主張し、米裁判所に国外追放の差し止め請求を多数起こしていたが、7日に米最高裁が身柄引き渡しの差し止め請求を棄却していた。

有力ユダヤ人組織「世界ユダヤ人会議(World Jewish Congress)」は、同容疑者の強制移送を歓迎する姿勢を示した。同会議のロナルド・ローダー(Ronald Lauder)議長は、「米国の司法の手が成功裏かつ正当に、憎むべきナチスの迫害者に対し正義を実行した。米国のユダヤ人社会、特にホロコーストの生存者は、われわれの社会からこの恥ずべき人物が排除されたことを歓迎する」と語った。(c)AFP/Dick Russ

 

【図解】ナチス戦犯、ドイツへ強制移送

2009年05月13日 15:26 発信地:ベルリン/ドイツ

【5月13日 AFP】ナチス(Nazi)の強制収容所で約2万9000人のユダヤ人殺害に関与した疑いで、ドイツの裁判所が逮捕状を発行した元看守ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者が、ドイツに移送された。(c)AFP

 

 

ナチス戦犯の元看守、ドイツに到着

2009年05月12日 23:22 発信地:ミュンヘン/ドイツ

 

【5月12日 AFP】米国からドイツに強制移送された第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守、ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が12日、ドイツ・ミュンヘン(Munich)の空港に到着した。

デムヤンユク容疑者は、ユダヤ人2万9000人以上の殺害に関与したとして、ドイツの裁判所から逮捕状が出ている。(c)AFP

【5月12日 AFP】米国からドイツに強制移送された第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守、ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が12日、ドイツ・ミュンヘン(Munich)の空港に到着した。
 デムヤンユク容疑者は、ユダヤ人2万9000人以上の殺害に関与したとして、ドイツの裁判所から逮捕状が出ている。(c)AFP
【5月12日 AFP】米国からドイツに強制移送された第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守、ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が12日、ドイツ・ミュンヘン(Munich)の空港に到着した。
 デムヤンユク容疑者は、ユダヤ人2万9000人以上の殺害に関与したとして、ドイツの裁判所から逮捕状が出ている。(c)AFP
ナチス戦犯の元看守、ドイツに到着
写真拡大×ドイツ・ミュンヘンの空港から、救急車でシュターデルハイム刑務所へ移送されるナチスの元看守、ジョン・デムヤンユク容疑者(2009年5月12日撮影)。(c)AFP/DDP/LENNART PREISS

ナチスの元看守、移送先はヒトラーもいた刑務所

2009年05月14日 23:04 発信地:ミュンヘン/ドイツ

米国から強制移送されたナチス強制収容所の元看守ジョン・デムヤンユク容疑者が収容されたドイツ・ミュンヘンのシュターデルハイム刑務所の前に立つ、容疑者の弁護士グンサー・マウル氏(2009年5月12日撮影)。(c)AFP/DDP/LENNART PREISS
米国から強制移送されたナチス強制収容所の元看守ジョン・デムヤンユク容疑者の身体検査が行われるドイツ・ミュンヘンのシュターデルハイム刑務所の外壁(2009年5月12日撮影)。(c)AFP/DDP/LENNART PREISS
ドイツ・ミュンヘンで、ナチスの強制収容所の元看守ジョン・デムヤンユク容疑者を乗せてシュターデルハイム刑務所に到着した救急車が映りこんだ同刑務所の監視塔の窓(2009年5月12日撮影)。(c)AFP/DDP/LENNART PREISS

【5月14日 AFP】米国からドイツに強制移送された第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守、ジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)容疑者(89)が12日、ミュンヘン(Munich)到着後に移送された刑務所は、ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)が、1922年に1か月間だけ収容されたことのあるシュターデルハイム(Stadelheim)刑務所だった。

当時ヒトラーはドイツ国内のある街のビアホールで治安を乱したとして3月の禁固刑を言い渡されたが、実際に服役したのは1か月のみで、1922年7月には無罪放免となった。

2年後にヒトラーは、失敗に終わったクーデター事件であるミュンヘン一揆(ビアホール一揆、Beer Hall Putsch)で果たした役割により、再びバイエルン(Bayern)州ランツベルク(Landsberg)のバイエルン刑務所に送られた。自伝であり政治宣言でもある『わが闘争(Mein Kampf)』の執筆を開始したのは、この刑務所だった。

シュターデルハイム刑務所は1892年から1901年にかけて建設され、ナチスはひとたび権力を掌握すると、この刑務所を最大限活用し、第2次世界大戦終盤には1日30人のペースで処刑を行うなど、ここで1000人以上が処刑された。ナチスに対する抵抗グループ「白バラ(White Rose)」の創始者たちであるハンス・ショル(Hans Scholl)とゾフィー・ショル(Sophie Scholl)の兄妹、白バラのメンバーのクリストフ・プロープスト(Christoph Probst)らもこの刑務所で、1943年2月に処刑された。

ヒトラーのかつての盟友エルンスト・レーム(Ernst Roehm)も1934年、「総統(Fuehrer)」の命を受けたナチス親衛隊(SS)によって、シュターデルハイムの独房で殺された。(c)AFP

ナチス元看守の裁判始まる、車いすで出廷

2009年12月01日 09:48 発信地:ミュンヘン/ドイツ

ナチス元看守の裁判始まる、車いすで出廷
2009年12月01日 09:48 発信地:ミュンヘン/ドイツ
ナチス元看守の裁判始まる、車いすで出廷
2009年12月01日 09:48 発信地:ミュンヘン/ドイツ
ナチス元看守の裁判始まる、車いすで出廷
2009年12月01日 09:48 発信地:ミュンヘン/ドイツ
ナチス元看守の裁判始まる、車いすで出廷
2009年12月01日 09:48 発信地:ミュンヘン/ドイツ

【12月1日 AFP】第2次世界大戦中のナチス(Nazi)強制収容所の元看守とされるジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)被告(89)の公判が30日、ドイツ・ミュンヘン(Munich)の地方裁判所で始まり、同被告は医療従事者と警備員に付き添われて車いす姿で出廷した。ナチス関係者の主要な裁判としては、この裁判が最後になるものと見られる。

ウクライナ生まれの同被告は大戦中、現在のポーランドにあるソビブル(Sobibor)の強制収容所でユダヤ人など2万7900人を殺害した罪に問われている。同収容所は、ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)がユダヤ人大量殺りくのために設立したものの1つ。

同被告はうなり声をあげたものの目は閉じたままだった。家族によると被告は重病で、収容されていた拘置施設から救急車で運ばれてきた。

被告はソビブルの強制収容所にいたことを否定しているが、検察側は、被告の名前が記されたナチス親衛隊(SS)の身分証明書と異動命令書の存在を明らかにし、被告が1943年3月から9月までソビブルの収容所で看守を務めていたとしている。

有罪となれば、同被告が余生を刑務所内で過ごすことはほぼ確実。有罪とならなくても、米国籍をはく奪され無国籍のため、将来は不透明だ。(c)AFP/Richard Carter

 

ナチス強制収容所元看守に禁錮5年、2万8千人の殺害手助け

2011年05月13日 08:43 発信地:ミュンヘン/ドイツ

ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/CHRISTOF STACHE
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/CHRISTOF STACHE
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/JOERG KOCH
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に、ストレッチャーに乗せられて出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/CHRISTOF STACHE
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/UWE LEIN
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デムヤンユク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/PETER KNEFFEL

【5月13日 AFP】ドイツ南部ミュンヘン(Munich)の裁判所は12日、第2次世界大戦中にナチス・ドイツの強制収容所で看守を務めていたジョン・デムヤンユク(John Demjanjuk)被告(91)に禁錮5年の判決を下した。ただ、逃亡の恐れや社会への脅威はないとして、即時釈放した。被告は控訴する方針という。

同裁判所はウクライナ生まれの被告が1943年、ドイツの占領下にあったポーランドのソビブル(Sobibor)に連行されたユダヤ人など少なくとも2万8060人の殺害を手助けしたと断定。元赤軍兵士の被告は第2次大戦中にドイツ当局に捕らえられ、ナチスのもと、43年3月から9月までソビブル強制収容所の看守として働くことに合意したという。

被告は無罪を主張し、公判中沈黙を貫いた。02年に米国籍を剥奪され無国籍の被告は過去2年にわたり、ミュンヘンの刑務所に勾留されている。(c)AFP/Francis Curta

ナチス強制収容所元看守、デミャニューク被告が死去 91歳

2012年03月18日 12:20 発信地:ベルリン/ドイツ

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ナチス強制収容所元看守、デミャニューク被告が死去 91歳
写真拡大×有罪判決後、ドイツ南部ミュンヘンの裁判所を退廷するジョン・デミャニューク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/CHRISTOF STACHE
ドイツ南部ミュンヘンの裁判所に出廷するジョン・デミャニューク被告(2011年5月10日撮影)。(c)AFP/UWE LEIN
有罪判決後、ドイツ南部ミュンヘンの裁判所を退廷するジョン・デミャニューク被告(2011年5月12日撮影)。(c)AFP/CHRISTOF STACHE

【3月18日 AFP】第2次世界大戦中にナチス・ドイツ(Nazi)の強制収容所で看守を務め、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に関連する裁判で昨年、有罪判決を受けていたジョン・デミャニューク(John Demjanjuk)被告が、ドイツ南部の老人介護施設で死去した。91歳。警察当局が17日、発表した。ホロコーストに関連する最後の裁判の1つだった。

デミャニューク被告はウクライナ出身。ミュンヘン(Munich)の裁判所は昨年5月、ポーランドのソビブル(Sobibor)にある強制収容所で看守を務めた1943年の6か月の間に2万7000人以上を殺害した共犯の罪で、同被告に禁錮5年の有罪判決を言い渡していた。判決を受け、すでに2年間勾留されていたとしてデミャニューク被告側が控訴し、裁判所は被告を釈放していた。

バイエルン(Bavaria)州警察当局によると、デミャニューク被告はBad Feilnbachの老人介護施設で死亡した。死因については、所定の調査が行われるという。(c)AFP/Yannick Pasquet

MUNICH, GERMANY – MAY 12: John Demjanjuk (C) and his lawyers Ulrich Busch (2L) emerge from a Munich court after a judge sentenced him to 5 years in prison for charges related to 28,060 counts of accessory to murder on May 12, 2011 in Munich, Germany. The Munich regional court annulled the arrest-warrant for Demjanjuk and announced his release today. Demjanjuk, 91, had been extradited to Germany after living for years in the U.S. to face trial on accusations that he was a guard at the notorious death camp of Sobibor in Poland where up to 250,000 Jews died during World War II. Demjanjuk was born in Ukraine and served in the Russian Army during the war before he was captured by the Nazis, and prosecutors claim he agreed to serve as a Sobibor guard. Demjanjuk has always claimed his innocence, saying he was never at Sobibor, Treblinka or Trawniki. (Photo by Johannes Simon/Getty Images)